Sh.K.N.ラオ、TVでヴィシュヌ・サハストラナームの意義を説く

清水がデリーで書いています。

昨日、バールティア・ヴィッディア・バワンで「SAMARPANAM」というタイトルの本の出版会があった。

Samarpanam  


Sh.Padmanabha Dasa Uthradom Tirunal Marthanda Varma という長~い名前を持つ著者の手によるヴィシュヌ・サハストラナームの詳細な解説書である。

本のサブタイトルは、シュリ・ヴィシュヌ・サハスラナーム・ストートラムとなっている。
Sh.K.N.ラオはヴィシュヌ・サハストラナームと呼ぶが、南インドでは「」が抜け落ちて、ヴィシュヌ・サハスラナームと呼ばれているらしい。

著者も出版社もバールティア・ヴィッディア・バワンとはあまり関係はない。

ヴィシュヌ・サハストラナーム
の強力な推進者であるSh.K.N.ラオの推薦を得て、バールティア・ヴィッディア・バワンで出版会が開催されることになったようだ。

ヴィシュヌ・サハストラナームに関連するこれまでのエントリーを挙げておく。

関連エントリー: 

占星術と祈り
ヴィシュヌ・サハス(ト)ラーナーマ(テキスト)
ヴィシュヌ・サハス(ト)ラーナーマ(解説)
    
私たち生徒は、授業の後、なにも知らされないまま会場に足を運んだ。
会場に入ってようやく、ヴィシュヌ・サハストラナームに関係する新刊本の催し物であることを知った。

会場は午後4時にはもう満員御礼になっていた。
しかし、開催は、出版社の意向で午後5:00となっていた。
ラーフ・カーラ(ラーフの時間)を避けるためだった。
しびれを切らして退場する人も少なくなかった。

アニールによれば、ラーフ・カーラはおもに南インドで信じられている。
しかし、どの古典にもそれに関する記載はない。
バールティア・ヴィッディア・バワンではあまり重視されない概念のひとつである。
どちらかといえば、迷信として分類されている。

しかし客人である出版社と著者の意向を尊重し、開催までの1時間をじっと待った。  
そして午後5時、ヴィシュヌ・サハストラナームのチャンティングが始まった。
その後、著者やゲストのスピーチが続いた。

出版会場

Marthanda Varma


知的で興味深い話だった。

著者はすでに80なかばに達している。
もともと南インドのカルナータカの王族(マハラージャ)のプリンスだった。
プリンスだったので、若いときは放蕩三昧をして過ごすこともできた。
しかし彼は世界中を旅してまわり、インド文化に匹敵するものが他にないことを確信した
そして、インド古典文化の研究に没頭した。
その成果の結実のひとつがこの本となった。

私も、比較的若いときに海外生活を経験し、日本文化の良さ、優秀性に気がついたくちである。
それまでは、日本人の若者によくあるように、日本嫌いだった。

さて、この新刊書「SAMARPANAM」について少し説明しておこう。

インドの神々は1000の名前を有する場合がある。
信奉する神の1000の名前、すなわちサハスラーナーマを唱えることは、とくにこのカリ・ユガの時代あってたいへん効果が高いとされている。
その中でも最高峰に位置するのが、このヴィシュヌ神サハスラーナーマである。

毎週水曜日にあるSh.K.N.ラオ宅のプジャでも、毎回欠かさずヴィシュヌ・サハストラナームを唱えるし、ボーン・ポール・マンリーも毎日欠かさずにこれ唱え、効果を実感しているといっている。

その1000の名前それぞれの深い意味合いについて、この本は有名な賢者・聖者・古典から引用しつつ解説している。

たとえば、下の写真では、ヴィシュヌ神の498番目の名前Puratanah(プラータナ)について、シャンカラ、バガヴァットギータ、パラシャラ・バッタの言葉が引用されているのがわかる。

Inside the book

ところで会場には、このなんの変哲もない出版会を取材しているテレビクルーたちがいた。

彼らはその後、夜遅くにSh.K.N.ラオを訪れた。
スターニューステレビ(Star News TV)の取材クルーだった。
彼らは、日食でSh.K.N.ラオを取り上げてから、ことあるごとにSh.K.N.ラオを取材するようになった。

今回は、ヴィシュヌ・サハストラナームの意義について取材するのが目的だった。

宝石にもヤッギャにも依らない、本当の処方・救済法に関するはなしを、テレビで説けるまでになったのだ。 
 
 

インタビューはヒンディー語でおこなわれた。
残念ながら内容はよくわからなかった。

おそらく、ヴィシュヌ・サハストラナームについてシャンカラも価値を認めていたこと。
救済法で状況を改善することはできるが、それはカルマの制約の範囲内に限定されること。
宝石ヤッギャによる救済法のあやうさ。
そして、この本の意義について。

このようなはなしがあったのだろうことは想像できる。
ヒンディー語がもうすこしわかれば…といつもながら悔しい思いをしている。

サンスクリット語を知らないとインド占星術はマスターできない」というはなしを聞く。
だれがどういう意図で言っているのか知らない。
しかし、バールティア・ヴィッディア・バワンに通い始めて10ヵ月になるが、サンスクリット語を知らなくて困ったことはまだ一度もない。

しかし、今回のように、ヒンディー語を知らなくて困る(損をする)ことはしょっちゅうある。
「サンスクリット語を知らないと・・・」というのも、占星術にまつわる迷信のひとつといっていい。
私はそう思っている。

もちろん、サンスクリット語の重要性、それを学ぶことの価値を否定しているのでは決してない。
できるなら知ってる方がいいに決まっている。
それは、言うまでもない。

しかし、優先順位がちと違うのではないか、と思う。
S.Shimizu
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