A Hectic Day

清水がデリーで書いています。

今日は超忙しかったぁ~。

shani_dame_5

08:00 ~ 11:30 シャニ・ダーム(土星の寺院)
11:30 ~ 12:30 ポールとランチ
13:00 ~ 13:30 本屋(バールティヤ・ヴィディヤ・バワン)
13:30 ~ 14:30 リサーチ・クラス(Sh.K.N.ラオ)
14:30 ~ 17:30 アチャーリヤ・クラス(本来のコース)
18:30 ~ 20:00 Sh.K.N.ラオ宅でレッスン&夕食
20:30 ~ 21:00 ドゥルガー・プージャ(大家主催)
 
まず、朝8時にポールとデリーの真ん中で待ち合わせて、南デリーにあるシャニ・ダーム(土星の寺院)に向かった。

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ホームページなんかあったりして結構有名なところである。

デリー駐在員のTさんにはこの寺院シャニ・ダームのことははなしてある。
Tさんはまもなく土星期を迎える。
しかも土星が現在トランジット中の乙女座のアシュタカヴァルガのビンドゥーが低い。
30年前、土星が乙女座を回座していたときはえらい目にあってたいへんだったという。
どうしたらいい?と聞かれた。
「だったら定期的にここを訪れたらいいんじゃないでしょうか」てなことを言ってある。
Tさんは私の言葉どおり定期的にここに訪れている。

しかし、そういう自分はまだ一度も来たことがなかった(なんと無責任な!)。

ポールが「デリーにいる間に一度ここを訪れたい」とメールに書いていたので、じゃあ一緒に行こう、ということになっていた。
私は、南インドの寺院はいくつも訪れている。
しかし、そういえば北インドの寺院はほとんど訪れたことがなかった。

じつは前夜、ポールがSh.K.N.ラオ宅を訪れたとき、今日シャニ・ダームに行く予定であることをSh.K.N.ラオにはなしたら、寄付を請求されてもよけいなお金を払わないようにと忠告されていた。
なので、商業主義的な寺院なのかと少し警戒しながら私たちは寺院に向かった。

BVBの中堅教授マノジ・パタックがジョークでいった。
カリ・ユガの前半を終えようとしているいま、シャニの寺院が急増している。どこに行ってもシャニの寺院がある。シャニをご本尊にすれば、それだけで儲かるということだ

しかし、心配しているようなことはなかった。

大きなシャニの像(写真中央)をお参りしたあと、カーリーシャニをはじめとする9惑星の神々の像(写真右)の前で土星の100の名前を唱えた。
ポールはハヌマーン・チェリーサも唱えた。

二人:「ああ、すっきりした」

P: 「来週、もう一度こよう」
S: 「・・・・」


そしてランチ

With_Paul_Lunchtime 

コンノート・プレイスまでいったん戻り、私が行きつけの南インド料理店に行った。
ベジタリアン・ターリーラッシー(写真)、そしてチャイを注文し、私のインドでの苦労話(愚痴)を聞いてもらった。
愚痴を聞いてもらったのに、ここの支払いはポールがもってくれた。

そしていよいよバールティア・ヴィッディア・バワン

バールティア・ヴィッディア・バワンに着いて、まずは本屋に直行した。
シャニの100の名前に関する解説書を探したが、なかった。

そうこうしているうちに時間になったので、Sh.K.N.ラオのリサーチ・クラスに向かった。

Pual_at_research_class

ポールはSh.K.N.ラオの横の席に迎えられ、みんなに紹介されていた(写真↑)。

今日の授業は、ここの卒業生、つまりOBによるプレゼンから始まった。
現在、TATAコミュニケーションという会社でオーラの研究をしているアマン・グラッティによるプレゼンだった。

題して、"Effect of Gem Stones on Human Aura"

オーラとヒーリング、そして占星術の因果関係を探る研究に関するプレゼンだった。

彼の研究につては過去にエントリーを書いたことがある。
参考エントリー: ヒーリング音楽と占星術  

プレゼンの一部をビデオに撮った(↓)。



プレゼンが終わるか終わらないかという頃、アチャーリヤの授業が始まるので私はリサーチ・コースの教室をあとにした。

そして午後6:30、授業を終えてSh.K.N.ラオ宅でまたポールに合流した(写真↓)。

ポールはSh.K.N.ラオからプライベートレッスンを受けているところだった。
ジャイミニ・ナヴァームシャ・ダシャーのレッスンだった。
私も途中から参加した。
このダシャーを使ってポールの結婚、父親の死、子供の誕生がどう説明できるかというはなしだった。

Paul_with_rao_1    

 Paul_with_rao_2  

 Letter_from_Marc 


一段落して、Sh.K.N.ラオは、マーク・ボウニーからのメールを見せてくれた(写真右)。
ポールの友人かつ先生で、今回、ポールと一緒の日程でインドに来る予定だった。
仕事が忙しくてそれがかなわなかったことを詫びるメールだった。

(マーク・ボウニーの記事はかつてインド占星塾に多数翻訳・掲載され、結構好評を博していた。しかし著作権の問題があるので、しかたなく削除を依頼した経緯がある。その後、ポールを通じてライセンスを取得し、マークの論文の一部を現在、私が日本に紹介させてもらっている。 → 「聖仙パラシャラの減衰惑星の例外則」。ポールによれば、マークは休止していた執筆活動をそろそろ再開するという。5ハウスのダシャーがめぐってきたからだ。)

Sh.K.N.ラオは、マーク・ボウニーと出会ったときのことをはなしてくれた。

「90年代、アメリカでジャイミニを教えたとき、マーク・ボウニーは私のジャイミニを一番よく理解していた。彼はジャイミニを使ってゴアとブッシュの大統領選を予想し、見事に的中させた。彼の予想はとても美しく、完璧だった。・・・Rは全然だめだった。彼女の占星術は救いようがなかった。今は知らないが。Cはまだ少しはましだった・・・」

RもCも、いちおうアメリカでは高名なヴェーダ占星術家である。

「ロバート・コーチはサンジャヤ・ラースを離れ、また私たちのグループに戻ってきた。8カーラカ、アルーダラグナ、パダラグナ、なんでもかんでも詰め込んで複雑にしても、わけがわからなくなるだけだ。テストをしないといけない(Test it!)。検証だ(Just test it)。バールティア・ヴィッディア・バワンでは最低でも100のホロスコープで検証している。1000近いホロスコープで検証することもある。」

それはグループ研究によって初めて可能となる数字である。
ひとりでやろうとすると、気がおかしくなるともいった。

「私は仕事から帰ってから全部ひとりでやっていた。それはたいへんだった。」


夕食をご一緒させて頂いたあと、ようやく私は帰路についた。

来週はインド最大の行事ディワリーだ。
とっぷり暮れたデリーの町中は、はやくも灯明であふれていた。

そういえば、思い出した。
今日は大家のパンデイからドゥルガー・プージャに招待されていたなぁ。

ちょっと顔をだしてみた(写真↓)。
耳をつんざく大音響。
だめだこりゃ。

10分も耐えられずに家に帰り、バタンキュー。
ちゃんちゃん!

ドゥルガープージャ
S.Shimizu
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