You must remember.....

清水がデリーで書いています。

昨夜、ポールが帰国した。

昨日はSh.K.N.ラオ宅ではプジャがあった。
ポールはそのあともSh.K.N.ラオに食らいついて話を聞いていた。

話は、夜9時半にタクシーがポールを乗せて空港に向けて出発するまで続いた。

話の後半の一部を紹介しよう。


    
忘れないでほしいのは、第1に、占星術が大学で教わるような形で教えられるようになったのはバールティア・ヴィッディア・バワンが初めてだということだ。

サンスクリットの教授方式だと、すべてを丸暗記するのが前提だ。
そして、その大半はカルマ・カーンダ(儀式)に費やされる。
占星術ではない。

パンディット(僧侶)の大半はカルマ・カーンダだけに関心がある。
カルマ・カーンダで大もうけできるからだ。
だから彼らは占星術についてはあまり知らない。
そして占星術師は、断片的な知識を先代から受け継ぐだけだ。

なぜなら英国が英語教育をインドに導入してサンスクリットの伝統を破壊したからだ(英国はサンスクリット文化の手強さを恐れ、意図的にインド人に英語教育を施すことでサンスクリット文化の破壊を意図した。それを証明する文書が残っている)。

1901年当時、男性の識字率は10%、女性は5%だった。
このような惨めな状況にあるインドで、なにが占星術の伝統、なにが占星術の正統な系統だ? 
「自分はジョーティシュ・パランパラ(系統)を継承している」と主張する人がいたら、その人は嘘つきだ。

インドには、(パランパラと呼べるようなものは)なにも残らなかったのだ。
そして、復活には時間がかかった。

南インドでは、BVラーマンの祖父Bスーリヤナライン・ラオをはじめとする人たちが占星術を復興させた。
アーンドラ・プラデッシュでは、英語やサンスクリットではなくテルグー語で小冊子がとても廉価で入手できた。
私の母はそれを数十冊もっていた。
北インドでは、ベナレス、ルックナウ、ボンベイのほか、ラホールではウルドゥで出版された。
そして少しずつ占星術は復活していった。
しかし決して系統といえるようなかたちではなかった。
断片的に少しずつ復活していったのだ。

ある本について私はあるパンディット(僧侶)と論争したことがある。
このパンディットは要領を得ず、了見が狭く、原理主義的で、スートラを文字通りにしか解釈しようとせず、それ以外は決して受け入れようとしなかった。
じゃあそれでどのような結果が得られるのか?
私がいくら聞いても、ノー、ノーの一点張りで、話にならなかった。
このようパンディットの存在は、大きな障害のひとつだった。
今でも彼らは私への批判をやめようとしない。
私は彼らを「スートラ・チョッパー(教典の裁断機)」と呼んでいる。
彼らは(BVBでおこなわれているような)研究などで決してきない。

私は1971年にちいさなグループで占星術を試験的に教え始めた。
それはとてもうまくいった。
生徒は早く占星術を吸収していった。
そもそも生徒はみな高学歴だった。
医者、エンジニア、高位高官にある人々だった。
(インドでは)そういう人たちが占星術に関心を示すのだ。

だから、バールティア・ヴィッディア・バワンで占星術を教え始めてもすぐにうまくいった。
高学歴な彼らは、大学で経済学や哲学、歴史を学ぶのと同じように占星術も吸収していった。
考えてみれば、それは当たり前のことだった。
そして彼らのプレディクションも正確だ。
いまここに座っていたふくよかな女性のプレディクションは、すばらしい。
他にもすばらしいプレディクションをする女性はいる。
アバ・シャルマ(遠隔授業の講師)のプレディクションもたいしたものだ。
彼女らはすぐに占星術を身につけていく。
そしてその方法は、サンスクリットを学ぶときの伝統的な様式ではなく、現代インドの大学で行われるのと同じ方法なのだ。

1987年、バールティア・ヴィッディア・バワンを始めるとき、ありとあらゆるパンディットが聞いてきた。
「女性やノン・ヒンドゥーにも教えるのか?」
女性とノン・ヒンドゥーには教えるなといいたいのである。
私は、「そうだ。ダメな理由は何もない。ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教、女性、男性、ブラフミン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、スードラ、だれでも学べる」
パンディットたちは、「なぜだ?」というから、「どこにダメだと書いてある? 占星術をどこのだれに教えてはいけないとどこに書いてある?」と聞き返してやった。
パンディットたちは彼らの主張の根拠をいまにだに示すことができないでいる。
しかし、あいかわらず私への批判はやめようとしない。

バールティア・ヴィッディア・バワンの生徒は35%が女性だ。
冗談でよく彼女らにいっている。
もし私がいなければ、あなた達女性は占星術のかけらも学ぶことができなかったんだと。
私もブラフミンだ、文句あっか?
とにかく、女性、ノンヒンドゥー、ブラフミン以外のカーストに教えていけないなんて、どこに書いてあるんだ?

実はそういう慣習は中世インドにできた。
そうやって不文律をつくり、自分たちの利益を守ろうとしたんだ。

まあ、そんなかんじだ。
そういうことで、私を批判する人たちは少なくない。

研究コースにはMBAを取得し、年収500万ルピー(日本円に換算してだいたい1000万円)の女性がいる。
彼女の名前はマニーザ、今回一緒にナートドワラに行った彼女のことだ。
彼女のように、優秀で、知的で、高い地位について、社会で活躍している女性たちが私たちの活動に関心を示し、そしてすぐに占星術を習得して、研究結果を出す。

それが今後も続いていく。

しかしアメリカのインド占星術家はそういう偏見と戦おうとはしない。

私の母親は占星術家で、ブラフミンの女性だ。
祖父はスクールマスターだった。
他のブラフミンを呼び出しても、だれも母親に文句をいうものはいなかった。

占星術を女性に教えてはいけないとどこに書いてある?
まあ、そうやって偏見が生み出されるのだ。

アメリカでは科学者による偏見がある。
しかし私が見る限り、それに対して占星術家はあまり戦おうとしてない。

インドでは、私は裁判で科学者と戦った。
そしてことごとく彼らを論破した。
22分間、彼らの主張をことごとく論破した。
彼らはだれも反論できなかった。

アメリカで、あなたも今後戦わなければならない。
アメリカの科学アカデミーに対して挑戦を挑まなければならない。
例の3つの簡単なルールとその検証例を本にして(ホロスコープにおける兄弟姉妹の遺伝的な関係を3つのルールだけで説明しし、それを検証した本を科学者に送るという動きが最近BVBで計画されている)、さあどうだ! 文句あるならかかってこい! とやらなけれなばいけない。
S.Shimizu
Calender
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