巡礼

清水がデリーで書いています。

この1ヵ月の間に二度もSh.K.N.ラオの巡礼のお供をさせてもらった。

Ayodhya_KNRao
ウッタルプラデッシュ州アヨーディヤの駅構内にて
    
しかしピクニック気分で行かせてもらえないのが、Sh.K.N.ラオの巡礼である。

移動中の列車内や宿舎では、ヴィシュヌ・サハストラナームナラヤーナ・カヴァチャンなどのストートラム(長目のマントラ)がとうぜんのごとく唱え続けられる。
バジャン(聖歌)を何時間も歌って盛り上がることもある。

それがみなさん、じつにお上手。
カラオケがあるわけでもないのに、みんなどこで練習しているのか・・・。

油断してのりが悪く傍観者っぽかったりすると、「おまえもなにか歌え」とつっこまれる。
まさか「赤とんぼ」を歌うわけにもいかないし…。
しかし、それくらいしか知らないし…。

そんなわけで、だらーんとできる時間は、Sh.K.N.ラオが休息しているときしかない。
(しかしお年のせいなのか、それが結構あったのが幸いだった。)

そうでないときは、寺院をまわったり、講話をしてくれたりする。

Sh.K.N.ラオの講話は、宝の山である。
話は、だいたい次の3つからできている。

①これまでに出会ったヨーギーの話
②バガヴァット・ギーターやヒンドゥーの古典に関する話
③占星術の秘技

この3つが微妙に混ざり合い、とてもおもしろい話になる。

…………………………………………………………………………………………………

今週はアヨーディヤという聖地に行って来た。

コーネル・ゴウルが言い出しっぺの巡礼だった。
参加者は総勢14名。
そのうちバールティア・ヴィッディア・バワンの先生がSh.K.N.ラオの他に3名(コーネル・ゴウル、Dr.ラーマ・ミシュラ、パンワール)いた。
残りのメンツは、コーネル・ゴウルやSh.K.N.ラオの生徒たちである。

アヨーディヤは、インド7大聖地のひとつ。
(しかし、あと6つはどこだと聞かれてもわからないので、つっこまないでほしい…)
インド二大叙事詩のひとつ『ラーマ・ヤーナ』の主人公ラーマ神の生地である。
ラーマ神の誕生の地にはもともとヒンドゥー寺院があった。
しかし、その上にイスラム寺院が建てられていた。

1992年、暴徒と化したヒンドゥー教の過激派がそのバブリ・マスジットを破壊し、その後、イスラム教徒を次々に襲撃するという大事件が起きた。
多くのイスラム教徒が亡くなった。
その後、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間で報復合戦が2年間続いた。

そこに行って来たのだ。

ラーマ・ヤーナ』といえば、ハヌマーンである。
ハヌマーンはお猿の神様だが、『ラーマ・ヤーナ』はハヌマーンの存在によって孫悟空が出てくる『西遊記』の原話ではないかといわれている。

日本では、『桃太郎』の原話ではないかという話もあるらしい。

アヨーディヤには、そのハヌマーンの総本山ともいえる寺院がある。
そのハヌマーンの寺院を訪れたのは、10月27日(火曜日)

①9番目のティティ
②シュクラ・パクシャ
③カルティケーヤー(ハヌマーンと関係する神様)の月(Month)
④火曜日(ハヌマーンと関係する曜日)

ということで、ハヌマーンが降臨するにふさわしい日だということだった。
それで、日本でいえば元旦の初詣のようなモーレツな混み具合だった。

警官が5分おきに交通を規制していた。
それでも、いやそのせいか、5分おきに津波のように人の波が押し寄せてきた。

ところが、それは想定内ということで、事前に根回しがすんでいた。
Sh.K.N.ラオはVIP待遇である。
私たち一行は、さっと警備の壁をすり抜け、人混みを避け、寺院内に案内された。

それはハヌマーン寺院だけでなかった。
シータ・ラーマ寺院(ラーマ神とそのコンソートのシータの寺院)や、バブリ・マスジット跡でもそうだった。

ハヌマーン寺院では、参加者のひとりが神の存在を感じたといって感涙していた。

…………………………………………………………………………………………………

ところでこういう聖地には奇跡譚がつきものである。

たとえば、今回の旅をアレンジ(根回し)してくれたひとり、地元の大学教授アローラさんによると:

「1992年、テロリストがハヌマーン寺院を爆破しようと爆弾を身につけてハヌマーン寺院に向かっていた。しかし途中、猿たちがテロリストの爆弾の配線を抜いてしまった。そして、それを目撃した警官によってテロリストはご用となった。」

たしかにアヨーディヤには、猿たちがうようよしている。
そしてハヌマーンは猿の神様である。
まるで作り話のような話だ。
しかし、アローラさんはそのいきさつを目撃したという。

もうひとつ。

「シータ・ラーマ寺院はテロリストによってこれまで5回も爆破された。しかし一度も損傷を受けることはなかった。」

たしかに、参拝したシータ・ラーマ寺院には爆破された跡は見あたらなかった。

…………………………………………………………………………………………………

毎度のことだが、今回もSh.K.N.ラオの話のなかには貴重な話が多かった。

行きの列車の中ではマントラの聖者ムールカナンダジの話があった。
ムールカナンダジは、占星術をあきらめようとしたSh.K.N.ラオを説得した聖者である。
将来、Sh.K.N.ラオが占星術にルネッサンスをもたらし、失われていた本来の威厳を占星術に取り戻す役割を果たすこといなるだろうと予言した。
そんなことが、Sh.K.N.ラオの本に書いてある。

今回は、ムールカナンダジがどのような問題に対してどのようなマントラを処方していたかという話があった。

そのなかのひとつがナラヤーナ・カヴァチャンだった。
それは、もともとクリシュナ神の聖地ブリンダーヴァンで密かに唱えられていた。
Sh.K.N.ラオがムールカナンダジから教わり、そしてデリーに広めた。

ナラヤーナ・カヴァチャンの出典はバヴァヴァッド・プラーナに求められる。
カヴァチャンには(よろい)という意味がある。
昔、森のなかを遊行するときに獣や魔物から身を守るために唱えられた。
現代においても、あらゆる困難や障害から身を守ってくれると、Sh.K.N.ラオはいう。
数あるカヴァチャムの中でも最強なのがこのナラヤーナ・カヴァチャンだという。

そのナラヤーナ・カヴァチャンを、朝・昼・夕・深夜のいつ唱えるとどういう効果があるのか、という話だった。
しかしSh.K.N.ラオはニシュカーン・カルマ(カルマを積まない)の実践をしているので、そういうこと(願望成就)はどうでもいいともいった。

しかし聞いている方は、私も含めて、がつがつメモをとっていた。

それから、ヴィシュヌ・サハストラナーム
どういう問題に対してはヴィシュヌ・サハストラナームのどこから唱え始めたらいいかという話もあった。

あるいは事業で行き詰まったときには、どの時間帯にハヌマーンの寺院に行って、なにをしてなにを唱えたらいいかとか。

ムールカナンダジがどういうマントラの処方をしていたか。
そして、それらがどれほど効き目があったか。
Sh.K.N.ラオの体験談がしばらく続いた。

なーんか奥義公開というかんじだった。


宿舎では、プラシュナに関する話が聞けた。

今回の宿舎はハヌマン・バーグというアシュラムだった。
聖地には巡礼者を泊める施設はいくらでもあるが、エネルギー状態がよいというのでこのアシュラムが宿泊先に選ばれたらしい。

挨拶をかねてアシュラムのスワミジを訪れたとき、Sh.K.N.ラオはいくつか相談を受けた。
Sh.K.N.ラオは、その場で明快に回答していた。
宿舎に戻ってから、あれはプラシュナで答えたといって、そのリーディングを披露してくれた。

Sh.K.N.ラオは頭の中でプラシュナのラグナを決めることができたが、それができない場合、どうやってラグナを決めたらいいのか、という話もあった。
それはアルーダ・ラグナと呼ばれるラグナの話で誰もが知っていたが、実践的な話が聞けた。

まあ、そんな感じで、ここに書けないような話も結構あった。

だからSh.K.N.ラオのまわりにいる生徒たちは用事があって巡礼にいけなかったりすると、じだんだふんで悔しがるのである。

最後にみなさんにおすすめの実践課題を一つ。

毎日寝る前に、そのときの9つの天体の配置を、自分の頭の中で自分のチャートに重ねて展開してください。

これは今回参加していたパンワールという先生が、20年前に授業の中でSh.K.N.ラオから与えられた課題だそうです。

毎日これを実践することで占星術の頭ができあがる。
いざというときにプラシュナ・チャートを頭の中で作成して適切に判断することもできるようになる。

そういうことでした。
S.Shimizu
Calender
<
>
- - - - - - -
- - - 1 2 34
5 6 7 8 9 1011
12 13 14 15 16 1718
19 20 21 22 23 2425
26 27 28 29 30 - -

全記事

Designed by 石津 花

Archive
no. of Visitors
検索
最新コメント
リンク
只今の訪問者数
現在の閲覧者数: