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インターナショナル・セミナーが始まった

International Crash Courseが始まった。
バーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンで初めてのインターナショナル・コースだ。

12月15日から30日までの突貫マラソン・セミナーである。
休みの日はない。
毎日6~7時間の講義がある。
昨日、24日で10日目を終えた。

さすがに、参加者の顔には疲労が色濃く出始めている。
朝起きるのがつらい。

2010_Rao_Workshop_1 2010_Rao_Workshop_22010_Rao_Workshop_3
  
 
セミナーのスケジュールは次の通り。

2010_Workshop_Schedule

28日~30日の予定はまだきまっていない。
Shr.K.N.ラオによる講義が入るかも知れない。

昨日と一昨日の講義はジャイミニだった。
Shr.K.N.ラオが講師を務めた。
冒頭の写真(3枚)は、そのときの授業風景と記念写真。

参加者の出身国は次の通り。

インド:6人(うち1人は米国在住)
日本:4人
ロシア:3人
ブラジル:1人(オーストラリア在住)
台湾:1人
合計:15人


欧米の「ヴェーダ占星術家」の参加者がまったくない。
とくにアメリカからの参加がないのがとても残念だ。
インドを除いてヴェーダ占星術が一番盛んな国はアメリカだというのに。

周知が徹底していなかったのか?
クリスマスをまたぐこの時期に2週間以上もあるのが問題なのか?

しかし、9月とか10月に某SR先生がインドで開催する1ヶ月のセミナーには、毎年アメリカから多数のヴェーダ占星術家が参加するという。
ポールが言うように、アメリカではShr.K.N.ラオの存在は意図的にスルー(無視)されているんだなぁ~といまさらながら実感するのである。

やはりShr.K.N.ラオが言うように
「神にはアメリカにインド占星術を伝えるご意思がおありでない」
のか?

それに比べると日本はたいしたものかも知れない。
日本からは、日本でインド占星術を教えている2名を含めた4名が参加している。

神は日本にインド占星術を伝えるご意思がおありなのか?

‥‥‥‥‥‥‥‥

日本におけるインド占星術は、新しい段階に入ろうとしている。
そう私は感じている。

大河ドラマ「龍馬伝」が今年は注目を集めたので、それにちなんで明治維新の日本になぞらえてみると‥。

今までは、①黎明期(幕末)だった。

江戸時代末期、知識人は文物を通して洋学を学んだ。
ああではないか、こうではないか。。。喧々諤々 ( けんけんがくがく )。

インド占星術も似たような段階にある。
ああじゃないか、いやこうだろう、でもこう書いてあるよ、いやこうだ。。。

なんといっても情報が足りない。
五里霧中といってもいい。

こういう時期は、早い者、声の大きい者が、大勢を決したりする。

次の段階が、②文明開化(明治維新直後)

人的交流を通して学ぶ段階。
明治政府はさかんに留学生を欧米に送ったり、欧米人を先生として日本に招聘した。

今後は、私のようにインドに滞在して占星術を学んだり、
あるいは、今回のようにインドに来て占星術を学んだり、
あるいは、インドから先生を招いて占星術を学ぶ。

そういう機会が増えていくだろう。

情報が大量に入ってきて、とりあえず情報の飢餓状態からは脱する。
しかし、情報が多くなったらなったで、別の意味で混乱も生じやすくなる。

そこでポイントとなるのが、パランパラ(伝統、相承)ではないかと思う。

パランパラはイギリスの巧妙なインド統治政策によってほとんど根絶やしにされた。
インド占星術でパランパラが唯一残っているのは、BVラーマンバーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンの2つの系統だけだとShr.K.N.ラオはいう。

私は縁あってバーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンの系統のパランパラに属すことができた。
今後は、そのパランパラを意識した活動を日本で行っていかなければならない。
そう感じている。

それが、バーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンで占星術を学ぶ機会を私に与えてくれたShr.K.N.ラオに対する恩返しだと思っている。
どれだけできるかはわからないが‥。

パランパラを意識するとはどういうことか?

それは、①まずは占星術の体系をきちんと引き継ぐ(学ぶ)ことであり、②それまでに先達が費やしてきた教育・研究における労苦をねぎらい、その成果を惜しみなく公開してくれた善意と寛容さに報いることであろうと考える。

日本に帰ったら本を書けとか、出版社を紹介してやるとか、そういうはなしがないわけではない。
しかし、あまり乗り気になれない。
というか、そういうことをしてはいけないのだろうと思う。

バーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンで学んだ知識をネタに本を書く。
書き方にもよるのだろうが、それは先達の労苦や善意に報いることにはならない。
へたをしたら単なるパクリ本になりかねない。

インドにちょろっとやって来てセミナーに出たりグルに会って見聞したことをしたり顔で本にする。
それはアメリカ人がよくやる手なのだそうだが、そういう本をShr.K.N.ラオは「クック・ブック(レシピ本)」といって揶揄している。
ビサリアジは、そういう行為を「ハイジャック」といっている。

だから、パランパラを意識するなら、やるべきことは限られている。

バーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンの先生たちを日本に招聘してセミナーを開く。
先生たちが書いた本を翻訳して紹介する。
そういうことになるだろう。

そうやって先達の功績を讃え、労苦をねぎらい、そして成果を引き継いでいく。
そうやってはじめてパランパラは維持・継承されていく。

クレジット(功績)の所在を明らかにする。
これって、学問の世界ではあたりまえのことなんだけど‥。

もちろん、自分独自のリサーチの成果を公表・出版するのは問題ない。

そして、③リサーチの伝統である。

自立の段階である。

インド占星術に関する情報が大量に日本に入ってきたとしても、それが日本で使えるものでなければならない。
さらに時を経ても、そのときどきにおいて適宜柔軟に適応させていかなければならない。
それができるかどうかが、インド占星術が一過性のブームで終わるか、あるいはほんとうに日本に根付くかの分かれ目になるのではないかと思う。

そのためには、リサーチの伝統、気風が日本に根付かなければならない。

当初一年の予定だったのをもう一年延ばしてバーラティーヤ・ヴィディヤー・バワンのリサーチコースに在籍しているのは、リサーチの重要性に気づき、その伝統を体験し、学ぶためである。

しかし、正直言って、これはなかなか難問だ。

第1に、力量の問題がある。
第2に、パクリの風潮である。

クレジット(功績)を軽視する風潮、それは占い界に漠として存在しているのだが、それが改まらないと、だれもリサーチをしないし、たとえしたとてもその成果を公表しようとはしないだろう。

でも、この段階をクリアできなければ、日本のインド占星術はエンターテイメントで終わってしまう。
それをネタに食べていくだけなら、それでもいいのかも知れない。
しかし、インド占星術にはもっと大きな可能性があると私は思っている。

で、最後に④日本化の段階である。

もしインド占星術が日本に根付いたなら、ほっておいてもいずれは日本化が進んでいくだろう。
たとえば、あの長ったらしいカタカナの名称の数々は漢字に置き換えられていくんじゃないだろうか。
いずれにせよ、ずいぶん先の話だし、ま、どうでもいいことかも知れない。


以上が、スタッフとしてこのセミナーに参加しながら、疲労で意識が朦朧としたときにポッと頭に浮かんだ妄想でした。

妄想だから、真に受けないほうがいいかもねぇ~。
S.Shimizu
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