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運命(デスティニー)と処方(ウパヤ) 4

このシリーズの最終回となる今回は、開運処方(ウパヤ)について書いてみましょう。

Upya Table
 
「サットワな人は神(ゴッド)を礼拝し、ラジャスな人は半神(デーヴァ)を礼拝し、タマスな人は霊(プレータなど)を礼拝する。(BVG 17-04)」


このバガヴァッドギータのシュローカ(詩篇)をベースに考えてみましょう。

まず、サットワな人がする神(ゴッド)への礼拝とは何でしょうか?

それは、たとえば毎週ラオ宅で行われるプージャーがこれに含まれます。
ヴィシュヌ・サハストラ・ナーマナーラヤーナ・カヴァチャム(Narayana Kavacham)など。

キーワードは、ディボーション(献身)、サレンダーです。
「これこれをやりますから、これこれをお願いします」という願かけではありません。
無私無欲の献身です。
ギャーナ・カーンダと呼ばれます。

ラジャスな人がする半神(デーヴァ)への礼拝とは何でしょうか?

それは、端的にいえば願かけです。
特定のテーマを司る半神(デーヴァ)に祈願をする。

たとえば、商売繁盛を祈願してガネーシャ神を礼拝する。
繁栄を祈願して、ラクシュミー女神を礼拝する。
あるいは、土星の神シャニを礼拝する、など。

大々的にヤッギャ(供犠)などをして願をかけることもあるでしょう。
とうぜん、規模に応じてお金もかかります。

キーワードは、やはり願かけです。
これは、とくに儀式をさしてカルマ・カーンダと呼ばれます。

タマスな人がする霊(プレータなど)への礼拝とは何でしょうか?

これについては私はあまり詳しく知りませんが、インドには超能力(プレータ・シッディ)を得るための修行法があり、タントラと呼ばれているようです。

Shr.K.N.ラオの占星術グル、ヨーギー・バスカラナンダジは、インディラ・ガンジー首相が政治的に重要なアナウンスをするタイミングがいつも夜だったことから、彼女がタントラを使っていたのではないかと疑っていました。

タントラを使って政敵を倒し、政界のトップに長期間君臨していた。
その結末は、悲惨でした。

息子二人を含め、本人も非業の死を遂げました。

 本人: インディラ・ガンディ(首相) ─ 暗殺死
 長男: サンジャヤ・ガンディ ─ 飛行機事故死
 次男: ラジフ・ガンディ(首相) ─ 暗殺死

あと、このバガヴァッドギータのシュローカ(詩篇)には書かれていませんが、
宝石とかヤントラ(お札)などへの信仰も人々の間に根強く存在します。

これは、物質への礼拝と言えるかも知れません。
これなども、タマスな人たちが好んで礼拝する対象物といえるのではないでしょうか。

インド占星術の特徴だと思いますが、これらの礼拝が開運として処方されることがほとんどです。


というわけで、以上説明してきた礼拝の区分にしたがって、処方(ウパヤ)も冒頭の表にあるように①から④に分類されます。

サットワな人は、①の処方にすっとはいっていけるでしょう。
ラジャスな人には、①の価値が簡単にはわからないかも知れません。
そして、どうしても②の処方がいいと思うかも知れません。

その人の特性(グナの構成)にしたがって処方を選択すればいいと思います。
(というか、そうなってしまうでしょう)

ただ、③と④のタマスな処方は、弊害が多く、最終的にはあまりよい結果をもたらさないこともあるようなので、できるだけ避けた方が良いと思います。

占星術家も、③と④の処方を相談者に勧めるのは避けるべきではないかと思います。
(でも、タマスな人はどうしても③や④の処方に惹きつけられてしまうでしょう、おそらく)

Shr.K.N.ラオは、基本的に①を勧めています。
②については、現代では金儲け主義に偏りすぎていることを危惧しています。
③と④については、話題にすることさえありません。

輪廻とか転生とかを超えた長い目で考えるなら、①>②>③④の順に優れていることは明白です。

サットワな礼拝を普段からしていると、サットワな性質が増してくるので、いざというときにも守られるし、次の生まれ変わりでは、よりサットワな身体と心とカルマを備えて転生することができるでしょう。


あと、以下のことをことわっておかなければなりません。

冒頭の表にある分類は、かなりおおざっぱです。
あくまでも最初のつかみとして処方の分類を試みているに過ぎません。
実際には、ケースバイケースでいかようにもかわってくるでしょう。

たとえば、デーヴァ(半神)を礼拝するからラジャスだとは必ずしもいえません。

猿神のハヌマーンはデーヴァですが、ハヌマーンに由来するハヌマーン・チェリーサを唱えても、それでなにか願かけをしていなければ、ラジャスではなくサットワな礼拝となるでしょう。

同様の理由で、ヤッギャ(供儀)だからラジャスだともいえません。

博愛の精神でヤッギャ(供儀)を行うならば、それはサットワなカルマ・カーンダとなるでしょう。

ヤントラ(お札)だって、そのヤントラが表すデーヴァへの礼拝と見なすならば、タマスな礼拝ではなくてラジャスな礼拝といえるかも知れません。

いずれにせよ、礼拝ではかたちではなく心のあり方が重要であることを強調しておかなければいけません。
心のありようしだいで、礼拝はサットワにも、ラジャスにも、タマスにもなるということを。

そして結論をいえば、ラジャスな礼拝でもいいのです。
それがきっかけとなり、やがてサットワな礼拝に入っていけるかも知れませんから。


最後に、重要な処方としてチャリティ(慈善活動、善行)があります。

どんなに神を礼拝しても、目の前で苦しんでいる人に手をさしのべなければ、その礼拝によって積んだ功徳は無に帰していまう。

Shr.K.N.ラオはそういいます。

この点も忘れてはいけません。

(おわり)
S.Shimizu
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