Day 13: ダシャー と 国際共同研究

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13日目(6日)の講義のお題は、ダシャー
ダシャーといえば、この先生。
これまでに、いくつもの埋もれたダシャーを現代に復活させてきたマノジ・パタックが担当しました。

Manoji_Pathak

前半は、クリケットプレーヤー、サチン・テンドゥルカについて。
彼のホロスコープにはラージャヨーガもダナヨーガもほとんどない。
なのになぜ彼はプレーヤーとして大成功し、屈指の大富豪になれたのか?

その答えは、ダシャーにある・・・というはなし。

だから、全く同じホロスコープに見えても、
ダシャーが違えば全く別の人生になるんですよ。

後半は、ドゥイサプタティ・サマー・ダシャー(DSS)について。
このダシャーには、おもしろいはなしがあります。

Sh.K.N.ラオが90年代に訪米していたとき、
Hindsightというプロジェクトの報告会がありました。

そこで、ギリシャでこのダシャーが使われていた形跡があるという発表がありました。
ただ、一部が欠けていて完全ではありません。
しかし、これをもってそのダシャー、そしてできるならインド占星術そのものが
ギリシャを起源とするという説の根拠にしようという意図が発表者にあったようです。

しかし、Sh.K.N.ラオの次の一言、
「そのダシャーなら私がいつも使っているよ」
で、あっさり決着を見たという経緯があります。

講義では、Sh.K.N.ラオ、自身、ベナジルブッドらのホロスコープを使って、
DSSを使うことで多くの出来事がより具体的に読み取れることが示されました。

パタック先生の授業は歯切れがいいので、受講生の間では大人気でした。

講義の後、日米露の代表がSh.K.N.ラオ宅に集合し、
今後の活動の展開について話し合いました。

MarcBoney_in_Delhi
ポール(左)とマーク(右)

まずビサリアジから今後の世界展開についてプロポーザルがあり
それを受けてSh.K.N.ラオが、
ビサリアジからのプロポーザルを修正するかたちで課題を提示しました。

結論から言えば、日米露による共同研究を今後継続的に展開することになりました。

今回、Sh.K.N.ラオから与えられた最初の課題は、D30(トリムシャームシャ)。
その現代的な用法について日米露による共同研究を行い、公表することになりました。

その後、ビサリアジのはからいで、
一行はそのまま洋風レストランに直行し、
簡単な夕食をとりましたが、
そこでマークボニーから聞けたはなしがおもしろかった。

いろんなはなしがありましたが、
たとえば、Sh.K.N.ラオとの出会い。

マークとインド占星術との出会いは、1992年。

デヴィッド・フローリーとの縁で
アメリカの第一回ヴェーダ占星術会議に出席しました。

それまで、マークはすでに西洋占星術を20年近く学んでいました。
そのときはBVラーマンが招かれて基調講演をしていましたが、
あまりピンときませんでいた。

その翌年、1993年のヴェーダ占星術会議にも出てみました。
メインゲストは、Sh.K.N.ラオでした。

講堂に行ってみると、部屋はもう100人を超える聴衆で満杯でした。
講演者の真横にどういうわけか空席がひとつだけあったので、
人をかき分けかき分け、そこになんとか座りました。

すると、Sh.K.N.ラオがいいました。
「あなたは自分のホロスコープを覚えていますか?」
そこでホロスコープを渡そうとしたら、
「いいえ、読み上げてください」

ホロスコープを読み上げました。

すると、
私の兄弟が、男一人で姉妹5人であること、
大学での専攻科目、
そして、その後の重要な出来事のいくつかについて、
見事に言い当てられてしまいました。
しかも、ホロスコープを見ないで。

「な、な、な、なんだ、これは!!?」

それが、最初の出会いでした。

その後、ある日、Sh.K.N.ラオから電話がかかってきて
「いま、結婚を考えており、その相手を通して不動産取得を考えているところじゃないか?」
といわれました。

まさにその通りでした。

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