オバマ大統領の広島訪問

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2012年、わたしの師匠KNラオを招聘して東京と大阪でセミナーを開催したとき、
広島の平和記念公園に案内した

平和記念資料館の展示を半分ほど見終わったところで、
KNラオは椅子に座りこみ、わたしに向かって言った。

ラオ「Tone down ?(トーンダウンしているだろう?)」
ラオ「Distorted ?(ねじ曲げられているんじゃないのか?)」

わたし 「More exhibitions down there, sir. (奥にも展示がありますよ)」

ラオ「No, enough. (いや、もういい)」
ラオ「Disappointed (がっかりだ)」

KNラオ自身、マハトマ・ガンディーの近くで青春時代を過ごし、インド独立の過程を目撃してきた。
「日本が戦わなかったら、インドの独立は30年は遅れていただろう」と発言していた。
東京裁判について、パール判事の甥(ラオの部下)と熱く議論をかわしたこともある。

KNラオはなにも言わなかった。

しかし、おそらく「アメリカに配慮しすぎた低姿勢」を展示の仕方から感じ取っていた。
原爆投下の真実を、残念ながらKNラオは平和記念資料館で見いだすことができなかった。
「原爆投下の真実」を、日本人が伝えなければ誰が伝えることができるというのか?

ところで

あの有名な碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」をKNラオは見ていなかった。
小野田寛郎少尉は、この碑文をはじめて見たとき「アメリカが書いたのか?」と問うたそうだ。
しかしその碑文を見るまでもなく、KNラオはそれをするどく感じ取っていた。
 
それとは、奴隷根性である。
奴隷根性とは、自立する勇気を持たず、支配されることに安寧する怠惰な精神である。

インドにも、同様の経験がある。
「長期間の植民地支配で、インド人には奴隷根性が染みついてしまった。」
KNラオから、何度かそういう言葉を聞いたことがある。

原爆投下直後の広島・長崎に救助に向かった人々は、主に二つの言葉を、目前で死にゆく被爆者たちから掛けられた。

①水をください
②無念を晴らしてください


「水をください」という言葉は、その後、後世に語り継がれ生き残った。
一方、「無念を晴らしてください」という言葉は封殺された。

その理由は、もっぱらGHQの意思に帰される。
War Guilt Information Programなどについて調べてみればすぐにわかる。



さて、ひとり命を賭してその無念を晴らそうとした女傑がいた。
ほんとうだったら、すごいはなしである…。
後世に伝え残さねばなるまい。

「林田民子」の話は、実話か??

林田民子

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S.Shimizu
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