「インド占星術を知っている」ことの定義

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清水の「対面&スカイプ鑑定」 → 清水鑑定


ここのところISOPさんのブログに投稿させて頂いております。

そのなかでいろいろ考える機会がありました。
ここにわたしの投稿の一部をシェアさせて頂きます。

(若干修正しています)

^・^・^・^・^・^・^・^・^・

わたしは「(インド占星術に携わっている人の多くが)インド占星術をあまりよく知らない」という表現をこれまでにしばしば使用してきました。

このことについてすこし書いておきましょう。

インド占星術には明確なディシプリンがあります。

なにをどこまで教えるかは、占星術学校によって違いがありますが、カリキュラムの基本は『ブリハット・パーラーシャラ・ホーラー・シャーストラ(BPHS)』であろうと思われます。それにジェイミニやタージカ、マンデーンなどのシステムが加わるかどうかでバリエーションが生じます。

初学者がBPHSを読むのは困難です。
ですから書籍で学ぶ場合、つまり独学の場合、それに準拠した参考書を選んで学ぶしかありません。(わたしの結論は「独学は無理」ですが、それについてはここでは論じません。)
 
「インド占星術をあまりよく知らない」という表現をわたしはこれまでに繰り返してきました。

もうすこし詳しく書いてみましょう。

「インド占星術を知らない」という表現は、上から目線のような響きがあるので誤解されやすいところがあります。

「インド占星術を知らない(あるいは、知っている)」にはいくつかの段階があります。

基本レベル

これは教科書レベル。

インド占星術を構成する要素とカバーする範囲を一通り把握する。
つまりBPHSの概略・全体像を知っているレベルです。
このレベルでは、インド占星術の定義がよりはっきり見えてきます。
西洋占星術とインド占星術を混乱させることがなくなります。
そして、ネット等で氾濫するノイズへの抵抗力も備わってきます。
 
中級レベル

これは実践のレベル

基本レベルで概略を学んだ次の段階は、何が重要で何が重要でないか、つまりどの技法が使えてどの技法が使えないかという判別がついてくるレベルです。
基本レベルではオールラウンドに学びますが、このレベルでは実践に入っていきます。
実践となるとすべてをカバーすることはできません。
専門性がでてきます。
つまり①は概論、②は各論です。

上級レベル

プレディクションができる(あたる)ようになってくるレベルです。
プレディクションがあたるようになってくると、自然と別の次元に誘われます。
まず知識だけだったカルマや転生について確信が生じてきます。

わたしの経験ですが、ラオ先生が書籍の中で書いていたことの本当の意味について、気づきが生じ始めます。

たとえば、インド占星術の原型はギリシヤから伝わったという説がありますが、ラオ先生は「占星術は『生まれ変わり(転生)』という精妙な思想が存在しない国では生まれようがない」と『カルマと転生』(清水訳)でさらっと書いています。

その主張の重みが理解できるようになってくるし、ラオ先生の書籍で紹介されている鑑定の成功事例をトレースしながら理解できるようになります。

もっと上

想像がつきません。
ホロスコープを見なくてもプレディクションができるようなレベルもあるそうです。
ラオ先生のジョーティシュ・グル(バースカラナンダ、母親)がそうでした。

-・-・-・-・-・-・

①のレベルはBVBの占星術コース(2年間)に相当します。
 大学の学部相当です。

②のレベルはBVBのリサーチ・コースに相当します。
 大学院に相当します。

わたしの独断と偏見ではありますが、独習者のためにもう少し書きます。
独習者の指針として参考になればと思います。

ほとんどの書籍は①のレベル相当ではないかと思います。
①のレベルにも満たない書籍も少なくありません。

1)Dr.Charak “Elements of Vedic Astrology”
2)Hart DeFouw “Light On Life”

などは、①のレベルとしてはすぐれています。

とくに2)は、占星術のコースやブログ、メルマガのネタが満載です。
しかしこれを読んでも、②のレベルには到達しないでしょう。

3)MS.Mehta”Analysing Horoscope Through Modern Techniques”
は、①から②のレベルへの橋渡しとしてすぐれています。

②のレベルに相当する書籍は、BVB関係者の書籍を除いてわたしは知りません。

なぜなら、これはリサーチのレベルなので、そういう活動を行い、その成果を出版しているのはBVBを除いてわたしは知らないからです。

また、ほとんどの占星術の書籍は、ヨーガであれダシャーであれトランジットであれ、事例で使用されているホロスコープの真偽が疑わしい場合が少なくありません。

不正確なホロスコープでヨーガやダシャー、あるいはどんな技法であれ、なにを論じてもほとんど意味がありません。

それは砂上の楼閣です。
不純物を含んだ試料で実験を行っても正確な結果が得られないのと同じ道理です。

②のレベルから、書籍で使用されるホロスコープの精度がかなり重要になってきます。
その配慮のない書籍は、問題外です。

ヨーガやダシャー、あるいはその他のテーマに関する書籍は山ほどあり、わたしもほとんどの書籍に目を通しましたが、信用するに値する書籍はほとんどないというのがわたしがたどり着いた結論です。

しかしそうはいっても、BVB関係者の出版物のなかにも誤ったホロスコープが時々使用されていることは確かです。
ラオ先生の書籍にさえそういうことがハプニング的にあります。
しかしできるだけそれを排除しようとしている姿勢は終始一貫しています。

それほど正確なホロスコープを用いることは困難であるということでもあります。

①のレベルでとどまるか、あるいは②のレベル以上にいけるかは、正確なホロスコープにどれだけこだわるかで決まると言っても過言ではありません。

したがってエンタメ系ポップ占星術の場合、これより先へ行ける可能性はかなり低いでしょう。

このレベルを目指す学習者は、占星術雑誌”Journal of Astrlogy”やBVBの出版物(いろいろあります)を読まれることを勧めます。

そして次の③のレベルに相当する書籍ですが、ほとんどありません。

②のリサーチのレベルから③のプレディクションを的中させるレベルにジャンプするには、もう一段階、蒸留のプロセスが必要かなと思います。

ラオ先生の書籍のところどころに、そのヒントがほのめかされています。
しかし核心は書かれていないと思います。

ラオ先生の書籍を除くとBVBの某教官の書籍も、あるいはこのレベルに導いてくれる数少ない書籍かも知れないとわたしは考えています。

結論

①から③までをカバーする書籍は、やはりラオ先生の書籍しかないのではないかと思います。

以上、我田引水となってしまいましたが、あくまでもわたしの独断と偏見でした。

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モダナイゼーションとポップ化

その後の議論の一部を引用します。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

>本場インドの正統派インド占星術についてかなり敬意を持っていらっしゃるのだと思います。それは清水先生にも感じられました。

それはたしかにその通りなんですけど、「正統派インド占星術」なる普遍的なものがあるかというとそうでもないので、その表現はちょと大げさかな、というかかえって論点がずれてしまうかも。

パーラーシャラの時代から中世を経てインド占星術も変わってきています。
現在も変わり続けています。

しかしそうはいっても、「インド占星術」を知らなすぎるんじゃないか、というのがいろいろ議論してきてわたしが到達した結論であります。

ちゃんと「インド占星術」を知った上で議論したり、イノベートするのは有益なんだろうけど、知らないでいろいろいじると「危ないぞぉ~」「占星術をDestroyするぞぉ~」と言っているのであります。

その辺をわたしは次のように表現しました。

「インド占星術はポップ占星術を必要としていないし、これからも必要としない。それでも優秀な占星術家は輩出されてきたし、これからも輩出されていくだろう」

わたしの主張は、モダナイゼーションは必要ですが、ポップ化は不要(有害)です、であります。

モダナイゼーションを行うには、「インド占星術」をきちんと知らないといけない。
モダナイゼーションは、「インド占星術」の可能性と限界を理解しているのが前提です。
それ理解した上で、可能性を毀損せずに限界を克服するのがモダナイゼーション(イノベーション)です。

ところが、「インド占星術」の可能性と限界をあまりよく理解せずに「便利」「楽ちん」「早い」からとずんずん簡略化を進めてしまう。
それがポップ化(簡易化)であろうかと思います。
それは、占星術を破壊します。

大学の研究でも、まずthe state of the artを押さえますよね。
学術論文を書くときも、その問題にまつわるthe state of the artから書きますよね。

さて

あまりよく知らないのに、よく知らないものに対して、なぜそういうことをするのか、という動機が次に問われなければいけません。

なぜなら、知らないのなら知るまで待てばいい。
地道に知る努力をすればいい。
しかし、そいうプロセスを経ずに安易にショートカット、簡略化に手を出す。
その動機はなんぞや? であります。

答えは「性急だから…」ということなんでしょうけど、
ここから先は書きません。

しかしそういうことについてもわたしたちは考えていかなければならないでしょう。
なぜなら、こういうことは世界で広く見られる現象だからです。
“It’s all over the world now.!” said K.N.Rao.
S.Shimizu
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